躍動する脳みそ

千川新のブログ

ポスト天使

実家近くの4号線の歩道のガードレールの前に座り込んで、3日前まで転がり込んでいた男の家のタバコを吸う。

Twitterの男はクソである。

iPhoneが指す時刻1:32。片手には近所のセブンで買ったスミノフ。しかし国道というのはこの時間もひっきりなしに車が通る。うるさい。特にトラック。デカい。トラックドライバーの稼ぎはいいのか。次は正規雇用の男がいいかな……いや、一昨日、唯一の女子校時代の友達に、「次行く前に3ヶ月は空けろ」と言われたんだった。

「トラックが4号線を軋ませるガードレールに座り込む私#tanka」

Xのアプリを立ち上げポストする。さっきTwitterの男、と言ったが、そいつにエンカしたときは既にXに改称していた。恋は仕様変更より短い。5分で2いいね。

「ケッケッケ、相変わらずけったいな自意識でヤンスなあ」

出たな、ポスト天使。今日の語尾は「ヤンス」か……

「俵万智になりたいでヤンスか?」

サラダ記念日と寒いねとしか知らない。

「最果タヒ?」

エッセイしか読んでない。

「おまえ文学部出身だろ」

それは言わない約束だろ。

「原書読めないクセに」

人のTOEICを笑うな。大体うちの大学のレベルで読める奴いる訳ないだろ。

もう三言目には語尾の「ヤンス」が消えている。こいつは私と同じで飽きっぽい。飽きっぽい天使。こいつの性別はなんだ?天使に性別があったらまるで悪魔じゃないか……

大学の新歓コンパで、上京して来た女の子たちと話して、一番自分を恥じたのは、私が処女であることではなくて、18で酒もタバコもやったことがないことだった。なんとか彼女たちを軽蔑しようと自分の中でロジックを組み立てようと試みた。彼女らは映画も見ない音楽も聴かない本も読まない。文学部なら本は読めよって思うが。メイクも髪型も服装も、当時の言葉で言えば「量産型」だった。だが、彼女らはタフだった。決して多くない仕送りをやりくりして生活をし、きちんとした友人関係を作り、健康な男と健康な交際をし、故郷の家族を大事にしていた。ちゃんと結婚して子供も産むだろう。タフで正しい善人たちだ。私は単純に生き物として弱い。

第一、彼女らは車の運転が出来た。「実家に帰ったときはなるべく自分が運転するようにしている、将来あっちで就職するつもりだから」と言われたときは、東京の鉄道網を当たり前に享受していた自分が恥ずかしくて死にたくなった。いや、恥ずべきことでもないが。私は免許を取りたくない。轢かれるより轢いてしまう方が怖い。被害者になるより加害者になる方が怖い。

Killer cars, cars

Killer cars

(Killer Cars/Radiohead)

「相変わらずよく喋るでヤンスねえ」

「ヤンス」が戻ってきた。黙れ。

ポスト天使、Xに改称前はツイート天使、アカウント作る前はネット天使、さらにその前は独り言の天使。天使は小学校高学年の頃に現れた。多分、中学受験のストレスが原因だろう。とにかく、起こったことを私が頭の中で言語化し、それに天使が口を出す。ずっと一人で天使と喋っている。イマジナリーフレンドじゃない。イマジナリー天使。いや、天使はそもそもイマジナリーか……。私はいつも天使と一緒にポストを練り上げる。95フォロワー93フォローだけど。

「トラックドライバーと付き合ったら助手席に座って車内BGMをレディオヘッドにしたい」 1いいね

「タバコとスミノフの飲み合わせはかかりつけの薬剤師によるとダメらしい」 0いいね

「国道デート、戦車とか通らない限り盛り上がらないだろうな」 2いいね

ったくよ……てめーらはポストの審美眼がねえのか……いいねなんてクソオス以下だが……

天使は起きている間ずっといる。一人で仕事しているときも、誰かといるときも。いい加減、診断名がついてもいいと思うんだけど……"天使症候群"なんてどうだろう?ダメだ……私、文系だから……医者じゃなくて患者だから……

先日タバコをくすねてきた男と別れ話をしているときも、当然天使はずっといた。私と男の間の上空あたりで私の方を向いて。こういうときの天使は、あまり口出ししてこないのだが、とにかくニヤニヤ笑っている。まあ楽しいのは分かる。このあとどうやってこれをポストしようか。ことが終わったあとに天使は一気に話しかけてくるだろう。

「-ちゃんがいないと、この世界が終わるよお……」

終わんねーよ。土日祝休み、フルタイム勤務、手取り21万、年賞与2回のサイクル、ネットの回線は死なない、電車も止まらない、Xのサーバーも落ちない。ましてやサ終もしない。

「あ、そうですか」さようなら。

そのあと天使と何を話したか覚えてない。

スミノフ一本で頭が痛い。失恋から3日経てば全然酔える。ただ、不快な酔い方ではある。ガードレールの前でうずくまる。ぼちぼち家に帰るか……

「大丈夫ですか?お姉さん。大丈夫ですか?」

なんだァ、ナンパか?4号線の歩道でナンパはヤバいだろ。確かにこの辺ファミレスあるし、ラブホも安いけどさあ……我ながら品がない。

「-警察署のものなんですけど、今パトロールしてまして。」

警察か。警察?確かに制服を着ている。

「あの、こんな夜中に女性が一人だと危ないんで、お気をつけてお帰りください。」

「はい、はい。」

重い腰を上げる。なんとか歩けはする。夜中に女性が一人だと危ないって、そんな世の中を変えるのが警察の仕事だろうが。いや、こいつらの仕事は法に従ってしょっぴくことだ、モラルを変えるのは本分じゃないな……ごめん。

そういえば、さっきから天使がいない。たまにいなくなってくれる。それでも一人で喋るんだけど……

ガードレールから10分ほどの実家に向かって歩く。明日バイト早番なのを思い出した。最悪。

「最悪でヤンスねえ。」

やっぱり天使はいた。最悪だよ。